――――某県某所、某MAC.。ここに、二人の男が机を挟んで座っていた――――
2007年12月30日、夜。世間は師も走る季節。沈黙を破って、男が口を開いた。
「……これはなしだろう、軋間クン」
そう唸る男の目の前に置かれたダブルチーズバーガーには深々と、包装の上から墓標のごとくポテ
トが突き立っていた。
「これを見ても同じことが言えるかい?」
笑う男のコーラのストローにもポテト。こちらは、数本が中で詰まっていた。
吸えども飲めないコーラを啜って、男は続けた。
「で、やるかい? ……ところで中身が吸えないんだがねえ、悠緋センセイ」
「酸欠になるくらい思いきり吸えば出んじゃね?」
聞くや渾身を込めて吸いはじめる男に「喉に詰まらせるなよ」と加えた男は、墓標を傍目に自らの
ポテトを咥える。紫煙が漂っていた。
「禁煙席って、空いてないんか?」
「……げふう」
どちらからともなく呟いた言葉に、向こうの席で受験勉強をしていたと思しき青年が顔を上げ、男
たちを見ていた。
「……惚れんなよ」
「は?」
「いや、独り言」
怪訝な表情を向けてくる男を軽くあしらい男は青年を睨むと、青年も負けじと男を睨んだ。互いの
熱い視線が交錯すること数秒、先に負けを認めたのは果たして男の方だった。
「……受験生って、大変だよな」
茶を濁すように自らのトレイに視線を戻した男は、ついにその墓標を引き抜いて口に運んだ。
本来であれば小気味のよい食感であるはずのそれは、いまや完全にふやけきっていた。
「まあ、オレは就職が大変なんだがね」
――ぶすり。
「しかしセンターとは懐かしいねえ」
――ぶすり。
「ともあれ、話を本題に戻そうか」
――ぶすり。
「…………」
――ぶすり。
「……なんだったっけ?」
「とりあえずその癖の悪い右手を徹底的に破壊しつくそう、って話じゃあなかったかな?」
「まあ待て落ち着け悠緋センセイ!」
「やだなあ、ボクはいつだってクール&ビューチイですよ」
にこやかに男の右手をはっしと掴み、間髪入れずに破壊しにかかる男を宥めすかし、男は喚く。
「しかもビューティかよ!」
「あらあ、このアタシの美しさを否定するだなんて」
い、け、ず。男は笑った。先の青年が男らに不穏な視線を送ってはいたが、男は気にせずに先を続
ける。
「まあ、せっかく申込書も買ったし。三年になったら動けなくなるしなあ」
男が落とした視線の先、二つのトレイに挟まれてそれはあった。
「ということで軋間さん。ここはどうか、ひとつ」
「まあ、いいけどさ」
で、サークル名は? そう加えた男は、さも興味もなさそうに書類を手に取りストローを咥えた。
出ないコーラを啜り、続ける。
「言語の中枢って、どこだっけ? 大脳?」
「ウェルニッケ野、だね。大脳辺縁系の」
答えた男は眼前の墓標の一つを引き抜く。ダブルチーズバーガーであったはずのそれは、針の筵と
化していた。
もう一本引き抜くついで、書類に目を通している男のコーラの蓋を取り、そこに沈めてやる。
「ひらがなでいいんじゃね? こう、」
やおらトレイのシートに『うぇるにっけ』と書きはじめる男を傍目に、ついに面倒臭くなったのか
蓋を外してコーラを飲もうとした男が目を剥いた。
「……浮いているな」
「で、野は屋台の屋、と」
『うぇるにっけ屋』
満足そうにそのネーミングに頷く男と、別の意味で眉をしかめる男。そして通路を挟んだ向かいで
相も変わらず煙草を燻らせる女性と、なぜだかそのタイミングで顔を上げた青年。
「サークルカットはどうしよう?」
茶色の液体に浮いたポテトを取ろうか考えあぐねている男に、のんびりと訊ねる。
「やっぱりカットは大事だよねえ」
そうして諦めたのか再び書類に視線を落とした男は答えた。
「まあ、任せるよ」
さすがにコーラに浮いたポテトには思うところがあったのか、いささか辟易した様子で男は続ける。
「脳ミソ描いとけばいいんじゃね?」
「じゃあ、こんな感じ」
続けて描いた脳に、「さびしいから」と目と口を加える始末。しかしそれはそれで悪くもないらし
く、男たちはふうむと唸った。
「じゃ、ま、こんなんでいきますかね」
とうとう最後の墓標を抜き去った男はその包みを広げ、とうに冷めてしまったダブルチーズバーガ
ーを咥えて手を叩く。片や、一通り自らのトレイの上を平らげた男は躍起になってストローに息を吹
き込み続けていた。
時刻は二十一時。気がつけば女性の姿はそこにはなく、机に突っ伏した青年はどのような夢を見て
いるのか、苦悶の表情をそこに浮かべていた。
清掃に上がってきたのか店員は退屈に欠伸を一つ噛み殺し、疲れた表情のサラリーマンは一杯の珈
琲に癒されていた。
世間は年の暮れ。かくして、男たちの夜は更けていく。
「……あ、出た」
本文提供:田中・R・一郎